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朝鮮通信使ルートを遡り下関へ向かう 岡山・広島・山口

PEACE ROAD運動の初期から、朝鮮半島平和統一と日韓友好親善を願いながら朝鮮通信使とゆかりのある地点をルートに各実行委員会はとり入れてきた。今年は何かしら自然災害の影響も大きく、平成30年7月豪雨によって特にこの地域(岡山・広島・山口)は洪水や土砂災害など甚大な被害を受けた地域だ。岡山県実行委員会は、8月4日牛窓で兵庫県と岡山県の引継を終えた後、翌5日「がんばろう岡山!! 西日本豪雨災害早期復興 がんばろう西日本」の旗を掲げながら、ライダーたちは広島県福山市の鞆の浦を目指し自転車で縦走した。

朝鮮通信使に関する記録 世界記憶遺産登録された事を紹介

朝鮮通信使に関する記録 世界記憶遺産登録された事を紹介

 

鞆の浦公民会ホールで歓迎会

鞆の浦公民会ホールで歓迎会

ライダーを歓迎

ライダーを歓迎

鞆の浦 縦走旗伝達

鞆の浦 縦走旗伝達

合唱団による歌

合唱団による歌

鞆の浦では、広島県実行委員会(実行委員長 三谷 積)が「現在の朝鮮通信使 ピースロード」と題して鞆の浦公民会ホールで歓迎会を開催し、サポーターら200人が参加。歓迎会では、20名のコーラスグループが昨年地元で作詞・作曲した「ピースロード」テーマソングを披露。小林茂裕実行副委員長(福山市議会議員)による主催者挨拶、その後、岡山県の代表挨拶として小川信幸岡山市議会議員による挨拶、続いて金満辰常任顧問が激励の辞を述べた。岡山県代表から広島県福山市代表への縦走旗伝授式の後には昨年同様、平和への祈り込められ、サポーターらによって折られた千羽鶴の伝授式が行われ、ライダ代表から小林実行副委員長に手渡された。この様子は、地元のビジネス情報メディアが取材をし、9月1日に報道された。

 

福山実行委員会で作詞・作曲した「ピースロード」

この地から始まる 平和への道
遠く心を 一つにして
今から始まる 統一の道
熱く 汗を 流して
求める 平和の行く先には 愛が広がる
ピースロード ピースロード
世界から愛と 平和の願いが届く

遠くから始まる 平和への道
つなぐ心を一つにして
バイクから始まる 統一の道
つなぐ汗を 流して
求める平和の行く先には ひとつの南と北
ピースロード ピースロード
世界から愛と 平和の願いが届く

兄弟から始まる 平和への道
近く心を 一つにして
夢から始まる 統一の道
心の汗を 流して
求める 平和の行く先には 一つの国と国地
ピースロード ピースロード
世界から愛と 平和の願いが届く

ピースロード ピースロード
世界から愛と 平和の願いが届く

 

鞆の浦 常夜灯前

鞆の浦 常夜灯前

8月6日のライダー

 

翌6日には、鞆の浦常夜灯から尾道駅、三原市、忠海広場を中継しながら、竹原道の駅まで71.5kmを情宣カーの広報と共にライダー17人が自転車で縦走。また、エフエムふくやま「RADIO BING77.7Mhz」の番組「イブステ情報局のコーナー」に光永一也事務局長が生出演し、これまでの経緯などや今回のルートや意義などについて説明した。

被災地の様子

被災地の様子

 

翌7日のコースでは、ライダーたちは呉市の被災状況を目の当たりにしながら、広島市の平和記念公園を目指した。この日は、広島におけるピースロードでここ数年、同じ日に行事が開催され世界の恒久平和が祈られている。8月6日と言う日は広島では忘れることのできない日。1945年8月6日、アメリカ軍が原子爆弾を落とした日だからだ。毎年、この平和記念公園で「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式参列等」が開催され、今年は報道によれば、被爆者、遺族ら約5万人が参加し、国連等の国際機関、85か国とEU代表らも出席した。

 

広島平和記念公園

広島平和記念公園

慰霊碑に献花

慰霊碑に献花

韓国人原爆犠牲者慰霊碑の前で

韓国人原爆犠牲者慰霊碑の前で

 

ライダーたちは、平和記念公園の慰霊碑で祈りを捧げた後、ピースメモリアルホールで開催された「韓半島平和統一と世界の恒久平和・災害復旧復興祈念 ピースロード2018 広島歓迎会」(主催:ピースロード中国地方実行委員会)に参加。縦走旗を先頭にライダーたちがステージに登壇すると大きな拍手で迎えら、大野功統中央実行委員長をはじめとして、地元の実行委員、有識者から歓迎のレイをかけられた。式典では、主催者や来賓の挨拶、ライダー代表による報告、抽選会などが行われ、その後、ライダーたちを慰労するために小さな子供たちが森のくまさんの歌でダンスを披露した。最後には参加者一同でホルロアリランを歌いながら、閉幕した。

広島歓迎会で挨拶する金満辰常任顧問

広島歓迎会で挨拶する金満辰常任顧問

登壇するライダーたち

登壇するライダーたち

抽選会の様子

抽選会の様子

可愛い子供たちのダンス

可愛い子供たちのダンス

広島歓迎会

 

トルコの留学生も参加

トルコの留学生も参加

情宣カー前で記念撮影

情宣カー前で記念撮影

 

翌8日は広島城公園を出発し、宮島、大竹、山口県岩国市、錦帯橋、徳山市、防府市を中継し、山口市内へ。そして翌9日ゴール地点となる下関市阿弥陀寺公園まで合計197kmを自転車で縦走した。下関到着歓迎セレモニー(実行委員長 石尾豪志)には、サポーターら約60人が参加。参加した有識者からは「下関は歴史的に大陸への玄関口として栄えてきました。韓国と日本を絆ぐ活動であり、友好を深めていける事を願っています。このような平和の祭典に参加できて嬉しく思います」とコメントが寄せられた。

岩国でのワンシーン

岩国でのワンシーン

岩国中継地点でのサポーターのみなさん

岩国中継地点でのサポーターのみなさん

食事の時間 エネルギーを補給

食事の時間 エネルギーを補給

錦帯橋前で

錦帯橋前で

徳山歓迎

徳山歓迎

防府で休憩と自転車メンテ

防府で休憩と自転車メンテ

スイカで水分補給

スイカで水分補給

下関市阿弥陀寺公園に到着

下関市阿弥陀寺公園に到着

ゴールでのセレモニー

ゴールでのセレモニー

今回の旅では、トルコからの留学生が宮島地点から途中参加というエピソードがあった。拠点の歓迎会で、共に走った日本の女性ライダーがメンバーが国際的になってくるなかで、「これこそがピースロードだ」と感想を述べるシーンがあった。多文化・多国籍化する日本社会のなかで、短時間だったとしても生活を共にしながら交流できたことは、お互いの文化を知ることにとって非常に刺激的な体験だったと思う。1890年にオスマン帝国(その一部は現在のトルコ)のエルトゥールル号が和歌山県の沖で遭難し、村人たちの救援活動によって生き残った船員たちが帰国。その後、1985年イラン・イラク戦争でサダム・フセインがイラン上空の航空機に対する期限付きの無差別攻撃宣言により、邦人が脱出することが難しい状況下であったにもかかわらず、トルコの配慮により救出された史実が、それを物語っている。国を越えた友人関係がいつ、どのように良く展開していくかわからない可能性を秘めていることを考えると、一見難しいことのように思えるが、国境線を越え、朝鮮半島平和的統一、世界平和への道筋が民間で叫ばれることの影響力は計り知れない。

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